廃線跡探訪 大仏鉄道 前編

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1898年(明治31年)から1907年(明治40年)の9年間だけ存在した、大仏鉄道(関西(かんせい)鉄道の大仏線)の痕跡を巡ってみました。

大仏鉄道は、JR関西本線(大和路線)の加茂駅から奈良駅を結ぶ路線で、現在のJR線のように木津駅は通らず、山間部を奈良駅までショートカットするような形で存在しました。

9年間という短い期間で廃線となったこと、廃線から100年以上経過していることから、幻の大仏鉄道と呼ばれていますが、各所に遺構が残っていて、案内看板等も設置されており、大切に保存されています。また、奈良市や木津川市から、「遺構巡りマップ」が発行されており、簡単に遺構を巡ることが出来ます。

遺構の各所にはこのような看板が建てられています。大仏鉄道は今のJR線の木津駅を通らずショートカットするように敷かれていました。今回は写真の1~6までの範囲です。

今回は、木津川市観光協会が開催した「大仏鉄道ウォーキング」(2022年)に参加した際の写真をメインにしていますので、木津駅からスタートし加茂駅を目指すルートで、大仏鉄道の約半分の行程となります。

木津駅から加茂駅に向かいます。途中の青色の線の部分で大仏鉄道の廃線跡遺構が見れます。

では木津駅からスタートです。

木津駅の東口です。大和路線、奈良線、学研都市線からアクセスできます。
木津駅の下には、自由連絡通路があり、その途中にレンガ積みの壁と天井が見られます。昔はホームを渡る地下通路だった箇所です。現在は橋上駅舎となったため、地下部分が自由連絡通路の一部として残されています。
木津駅から東に向かって住宅街の登り坂をひたすら登っていくと、城山台公園に着きます。木津駅から約30分の行程です。登り坂ということと、この部分は廃線跡ではないことから、今回の行程では最もキツイ部分ではないでしょうか。ちなみに、写真奥に見える道路と平行して大仏線の線路があったようで、ここからが廃線跡めぐりとなります。
城山台公園の説明看板です。
城山台公園のすぐ近くに、遺構が2箇所あります。青色の直線部分が廃線跡で、築堤になっています。
写真左の 花壇と東屋の横に、上の写真の看板の裏側が見えてます。「車道」と「下り坂」の間が廃線跡です。1つ目の遺構 赤橋には右の下り坂を進んでいきます。
赤橋です。レンガと石積みの橋台に、石の橋桁が掛かっています。
橋桁部分のアップ。一部は木材ですね。
橋の反対側から見たところです。
すこし引いて撮影しました。築堤の感じがよく見えます。
向きを変えて築堤です。この上をSLが走っていたんですね。鉄道っぽいです。
ここにも看板がありました。6番(赤橋)と5番(梶ヶ谷隧道)の間です。
次の遺構 梶ヶ谷隧道(かじがやずいどう)です。石積みと上部のアーチはレンガ積みになってます。
内部のアーチは長手積み。ねじれは無く真っ直ぐです。
反対側です。
説明看板がありました。
梶ヶ谷隧道から築堤に上がってきたところです。このまっすぐの細い道が廃線跡です。
次の鹿背山橋台までには、A,Bの2箇所の分かれ道があります。
上の地図の「A地点」 右の細い道を進みます。
ここも廃線跡なのでしょうか。
左側から道が合流してきましたが、まっすぐ進みます。
上の地図の「B地点」です。ここもまっすぐ進みます。案内表示看板がありますので安心です。
道路右側の案内看板です。
分岐点の中央にある案内看板です。鹿背山橋台、観音寺小橋台方向に進みます。

後編に続きます。

他にも廃線跡など有ります。⇒ 廃線跡、廃川跡を巡る

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